2009/9/26 1:16:1 [52]
2009/9/14 20:0:52 [929]「そんなにすごい小説でもないと思うんだけど」 「そんなこと言うの夕ちゃんだけだと思うよ」 同じ下校路を辿りながら、二人は「アスタリスク」についての論議をしていた。 文学の部類しか読まない夕夜だが、14歳という年齢の『千里』にちょっとした興味を持ち、先ほど図書室で読んでみたのだった。しかし、皆がみんな面白いと言うその物語は、彼女にとってはあまり面白くなかったという。 「そりゃ人それぞれ好き嫌いもあるでしょ。夕ちゃんは自分の好きなものしか読まないからさ…」 「好き嫌いがあったら好きなものばかり読むのは当然でしょ」 「ぅ〜…っ。もうっ、そういうの屁理屈っていうんだよ」 「いいわ。理屈は好きだから」 この口車に琴波は勝ったことはないので、途中で諦める。隣に並ぶ夕夜を少し見上げて、彼女が口元に笑みを湛えているのを見つけた。 「どうしたのさ?」 「ううん。あの物語の場面、この近くの景色と似てると思って」 夕夜はさっき読んだばかりの文章を思い出す。「楓と銀杏が交互に並ぶ並木道。真っ直ぐ行くと右手に小さな公園があるのだった。」この文章がそっくりそのまま絵になったような景色の中を、二人は歩いていた。 「あー… そういえばそうかも。偶然じゃない?ぐーぜんぐーぜん。こんな景色なんてどこでもあると思うよ」 「そうかしら」 夕日でオレンジ色に染まった景色を眺め、夕夜は考えていたことを琴波に告げた。 「『千里』って、この近くの高校に通う子じゃないかしら」 「えっ?? なんで、そんな大袈裟じゃないっ?」 それこそ大袈裟なリアクションをした琴波に、夕夜はおよそ高校生とは思えない艶やかな笑みを見せ、いたずらっぽく笑った。 「『千里』の正体、暴いてみたくない?」 一度も見たことのない夕夜の表情に、琴波は少し固まってから、勢いよくうんっと頷いた。
2009/9/14 18:50:18 [260] 図書室の一角で、黒い髪を背中まで垂らした少女が本を読んでいる。紺色のセーラーはまだ真新しく、一年生だということが解る。最後のページを読み終わり、ぱたりと音を立てて本を閉じて、顔を上げた。三階の窓から、橙色の夕日が見えた。 もう一度、白いハードカバーの本に目を落とし、彼女は「ふん…」と鼻を鳴らした。表紙には「アスタリスク」、作者に「千里」と記されている。 「これがベストセラーね…」 やや低めの澄んだ声で呟き、辺りを見回す。図書室にいるのは、彼女と司書の女の子だけだった。呟きが聞こえたのか、二人視線が交わる。 本を棚にしまい鞄を掴む。ネームには「如月夕夜(きさらぎゆうや)」と綺麗な字で書かれていた。彼女の名前らしいが、男っぽい名前だとよく言われる。自身でもこの名前は少し違和感があったが、高校生となった今ではもう慣れてしまった。 司書の女の子の所に歩んでいき、声をかける。 「松宮、帰ろう」 「いいけど、琴波(ことは)って呼んでって言ってるじゃん?」 「噛みそうだから嫌なの」 淡々と告げる夕夜。あきれたように笑って琴波も立ち上がり、同じように鞄を持って図書室を出た。
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